便所短編『Hey Siri!』
pixivのトイレットSSコンテストから削除したSSを再掲。
今後も月イチくらいで過去作をHDDの澱からかき集めようかなと思案中です。
「ヘイ尻!」
俺の呼びかけに応じて便座の後ろに設置された超高性能デバイス〈尻〉が起動した。
〈洗浄中〉のLEDが点灯し、ペーパーホルダーが自動回転すると、尻拭き用のマジックハンドが伸びてきて、俺の臀部をフェザータッチでやさしくぬぐう。
ペーパーには排泄物を乳化分散させる薬剤、要はうんち落としの石鹸が塗布されており、かるく数回撫でる程度で、尻の穴周辺のもろもろの汚れはキレイさっぱり落ちるって寸法だ。
なに、今時の全自動トイレなら珍しいことじゃない。
俺はひと仕事終えたあとの恍惚とした達成感のなか、一服する。
と、ふと違和感を抱き首をかしげる。
俺の尻を拭き終えたあとのマジックハンドが手順通りに動いてくれないのだ。
むかしは用を足したあとのちり紙はうんちとともに下水へ流れたものだが、昨今はSDGsを考慮して紙は紙で別に処分されるものときく。
それはいい。だが問題はその行き過ぎた再利用方法だ。
たしかに高性能な洗剤で処理された紙なら、衛生的な問題はないのかもしれない。だが、うんこの付着した紙を、別の用途に使いまわそうと考えるのは、いささか徳義的な問題があると俺は思う。
花粉症で鼻がむずむずするから、踏ん張っている最中、無意識に「ヘイ尻! 鼻をかんでくれ」と叫んだ。それは認める。だが、鼻をかむのは別にトイレを出てからでもよかったのだ。
ちり紙を掴んだマジックハンドは廃棄ボックスを素通りし、なぜか俺の周囲をゆるく旋回し、俺の顔の高さへ近づいてくる。
匂いはない。完全に処理されている。衛生面では問題はない。
だが、ああ神様、それでもこれはあまりに――
そのケツ末は紙のみぞ知る。
テンキーのゼロも擦れしおつぼねが組めるマクロも今は動かじ
水底へ沈む塩素を集めては指嗅ぎはしゃぐあの夏のいま